<ストーリー>


 ピーチは激怒した。
 一国の王女たる自分に対し「ひとりピーチ」を行った、あのヒゲオヤジに。
 何が「決死の救出」だ。クッパはいいから斧を取れ、斧を。
 8−4最初の穴で幾度となく堕ちていく彼を見て、嫌な予感はしていた。
 弱Bダッシュジャンプはおろか6*9ジャンプをもほぼ安定させていた彼が、そんなミスを犯すとは思えなかったからだ。
 それだけではなかった。
 1−1「だけ」を淡々と繰り返す彼の姿にも、彼女は憤慨していた。
 どうしてポールを掴まった直後にリセットする。続きはやらないのか。
 キノコジャンプってなんだ。クリボーを赤ノコに変えてなんになる。
 やっと越したと思ったら、今度は1−2を延々とプレイし始める。いい加減にしろ。
 コインは壁を抜けるものではないし、その土管は−1面へ行くためのものではない。
 奇抜なプレイはいいから、『普通にプレイしろ』。

 …ふと、思い浮かぶ妙案。
 彼がそうするなら、自分もそうしてやればいい。
 彼が二段ジャンプをしたいなら、させてやればいい。
 壁抜け? 望むところだ。デフォルトで配置してやろう。
 しかし、それだけでは気がすまない。
 チビマリオはもとより、デカマリオ、果てはスター状態でさえも即死する『トゲ』。
 しかも当たり判定が改善された後期型ではなく、つま先が触れただけでも殺す、廃人仕様の前期型。
 これを四方に配置してやろう。

 ピーチの書く設計図は、キノピオたちを震撼させた。
 本当にこれでいいのか、クリアできるのかという問いが殺到した。
 しかし、ピーチはそれらを黙殺する。
 彼女は既に、クリアさせることを前提としてはいなかった。

 建築には三ヶ月と少しを要した。
 その間に彼は無理ヲを越したらしい。なんて奴だ。
 …まあいい。これで彼もおとなしくなる。いや、沈黙させる。

 数日後、ピーチは再びクッパを呼び寄せ、囚われの姫を演じる。
 マリオはため息をつきながらも、内心新しいステージへの期待感を高め、スタート地点へと足を運ぶ。

 彼は絶句した。
 ふたつの壁に閉ざされた部屋。
 遥か上空に一マスの空間。あそこから抜けろと言うことか?
 …ああ、そう言うことか。
 それは自棄の笑みではなく、姫への嘲笑。
 こんなことで自分を止められると思ったのか、彼女は。
 彼は一旦助走をつけ、跳躍する。
 縦に並べられたブロック、その隙間へ足を掛け、更に高みへ。
 なんのことはない。彼は一気にその壁を登りつめる。
 さあ、彼女はどこに――。

 ぽたり。

 冷や汗が地面に落ちる。
 そこから広がる光景は、さすがの彼も閉口せざるをえなかった。

 ……。
 …ああ、どうやら、お姫様は本気らしい。


Written by Mana.